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雑念ブログセミオ

「なにそれ美味しいの?」

「何それ美味しいの?」っていうのは「知らない」の最愚形としてたまに使われている。

バカっぽいことがこの表現の重要な点なんだけど、その為に使われているのが「食べる」という行為なのは何故なんだろう。

 

まずこれが可笑しい為には、対象が全然食べ物じゃない必要がある。対象が食べ物だったら普通に会話が成立してしまうから、そこに可笑しさは発生しない。

 

つまり「何でも食べることに結びつけてしまう」思考性が恐らく可笑しさの元になっている。

 

ではなぜ、食べることに結びつけることが可笑しいのだろうか。

 

それは「食」が三大欲求の1つだからだと考えてみる。例えば「何それ実存主義なの?」と言ってもそんなに可笑しくはない(逆に可笑しいかもしれないが、それは元ネタを知っていてパロディとして反転されているのが読めているから)。

そうだとすると、この言葉の別パターンは「何それエロいの?」と「何それ安眠できるの?」になると思う。

この中で安眠は一番面白くない。なぜなら安眠は生きる上で切実だから。食事は切実だが美味しい必要はなく、栄養があればいい。個人的に「美味しい」より「エロい」方がバカっぽくて面白いと思うが、下ネタは安心して使えない場面があるから「美味しいの?」の方が言葉として淘汰に強いのだと思う。

 

こう考えてみれば、実は美味しさを求めるのはわりとスケベなことなのではないかって思う。舌(下じゃなくて)に快感を求めているという意味では。

それでやや乱暴だと知りつつ考えを推し進めると、スケベって基本バカっぽくて可笑しいじゃないか。それは本能を理性が超えてくるからだと思うんだけど、そのスケベさが垣間見えるから、「何それ美味しいの?」は多分可笑しいんだろう。

 

同じ食でも「何それ栄養価高いの?」だとそんなに可笑しくはない。栄養とかを気にしている時点で面白くないのだ。本能に実直に発話しないと、つまらないのだ。