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Semio

雑念アーカイブ

『カードキャプターさくら』「私ー私の周囲」という構図

CCさくらに見る女子小学生の欲望
・自分を全肯定してくれる女友達(ともえちゃん)
・完璧な憧れの対象(ユキトさん)
・かわいい小動物(ケロちゃん
・BL(トウヤとユキト)
・安心して甘えられる[ぶりっ子できる]相手(お兄ちゃん)
・自分を理解してし見守ってくれる包容力(お兄ちゃん)
・自慢できる両親(両親)
・自分に気がある不器用でかわいい男子(シャオラン)
・男子をわがままに振り回したい(メイリン
・かわいい服を着たい(ともえの用意するコスチューム)
・女子同士で褒め合ってたい(友人関係)
・恋に恋してたい(はにゃ〜ん)

 

 

CCさくら見てて感じたのは「私ー私の周囲」構図なんだなぁってことだった。なんかドラゴンボールとかだと惑星爆発したりするし、「俺ー世界」構図なんだよ、少年は。

CCさくらに関しては世界全体の事とか別に描写されてなくて、自分の身の回りに起こる困難や達成と心躍るディテール、みたいに感じた。

 

 

オンリーワンになりたい少年に対して、周りにチヤホヤされたい少女っていうことなのかもしれない。 そもそもカードが擬人化されてるのもそういうことなのではないか。

自分自身が強くなるっていうことはCCさくらの中でもあるんだけど、それ以上に「カードさん達」との関係を手に入れたり強化していくっていう展開で、基本的に「さくらの成長」が描写されてる。

そして、戦いやなんかの中でさくらが何かを決意するのはいつも「自分に関係がある何かが失われそう→嫌だ!」っていう流れであって、「(今自分と無関係な)新しい何かを手に入れたい」という欲望によってではない。

クロウカード編の結末でも、「世界に災いが」とか言いつつ、災いの対象は「クロウカードに関わった人」限定。それ東京近郊(さくらの周囲)だろって話で、災い自体も「密な関係性が失われる」っていう意味で、物凄くインナーな話だった。

さくらカード編に関しては、もはやロマンス+さくらの修行・成長記だから、モロに周辺事態でしかない。 別に良いとか悪いとかではなくて、そう感じた。

 

 

僕がいまいちCCさくらを好きになれない一番の理由は、ストーリーよりも、単純にさくらが完璧過ぎるから。

なんか、さくらは女子小学生のロールモデルみたいなところがあって、可愛くて、優しくて、女の子っぽくて、健気で、真面目で、責任感あって、謙虚で、運動神経良くて、でもドジなところもあって、皆に愛される、愛されさくらだよ!みたいな。 あまりに潔白過ぎて感情移入しようがない。

そして、これは僕が男だからなのかもしれないけど、さくらの友達みたいに「さくらちゃんカワイイ!」って鑑賞する物として愛でる気にもなれないんだなこれが。

なんだろう。

さくら自体はキャラクターだし、素でこの可愛さだからいいんだろうけれど、この「可愛さ」を善き事として刷り込まれるのは正直勘弁だなっていう、変な反発が僕の中で生じている。

そして、アニメ全編通じて、本当の意味での敵対者が出てこないから、さくらの内面ってほぼ何も変化してない。結局、カードにせよクロウにせよ、敵と思われたやつは全員さくらの身内だったっていう話だから、それは当然といえる。

正直、クロウの意図を見てる側も分かってるから、後半に関してはバトルに緊張感とか全然ないし。自転車乗る練習してる女の子を後ろから見てるみたいな感じだった。

 

 

いやまあ、どう考えても僕はこのアニメのターゲットじゃないから言っても仕方ないんだけれども。